【平成から令和へ】桃鉄・スリの銀次の変装で平成を振り返る:DS『桃太郎電鉄20周年』

どうもー、ぐーにーです。

元号が変わってもゲーマー魂は永遠に不滅です!

by Martin Winkler from Pixabay

いやー、なんだか実感わかないですね。令和かー。

って、昭和から平成になったときもそんな感じだった気がする。憶えてないけど。

てか30年前ですよ。平成になったの。そう考えると意外と歴史ある。めっちゃ歴史ある。ビビるし。

桃鉄で振り返る平成の世相史

ニンテンドーDSの『桃太郎電鉄20周年』をプレイしていても、「平成」を感じることができます。

出た!銀次!

「スリの銀次」。

てってれっ てれってれ〜れ〜♪

のあの音楽とともにやってきて、お金をスッていきやがる、アイツです。

桃太郎電鉄 公式サイト

決算直後でフトコロめっちゃ潤ってるときに全額持ってかれると本気でイラッとくること、ありますよね(-。-;

銀次の変装が平成の世相を反映!

しかし、『桃太郎電鉄20周年』ではスリの銀次がいい仕事してる!

銀次が変装して現れるのですが、その変装が平成の世相を反映しているのです。

桃鉄のゲーム内でもこのように言われます。

「桃鉄20周年を記念して スリの銀次は
平成元年から 20年間の
世相史を 描くつもりのようだ!」

……スらないで変装だけ披露してきゃいいと思うんですけどね。ブツブツ。(この記事のために銀次にスられまくったため若干フラストレーション高め(^◇^;))

ま、それでも非常に興味深いんです。この銀次の変装っぷり。

「これが流行したの、平成だったっけ?」

「このドラマも平成に入ってからだったっけ?」

と、びっくりしたり感心したり。

……そう思えるのは、昭和の時代もそれなりにモノゴコロついてから過ごしたからかもしれませんが。

なんだか感慨深いです。

それでは、『桃鉄20周年』における銀次の変装で、平成を振り返ってみましょう!!!

平成宣言男

「平成宣言男」に変装したスリの銀次のセリフを見てみましょう。

「昭和から 平成の時代に!
平成だからといって 平静で
いられないくらい
たっぷり 盗んでやるゼ!」

平成宣言男とは?

「平成宣言男」は、誰もが思い浮かべるあの人!

そう、小渕さんです。

「小渕元首相」と脳内変換されたアナタ! さては平成生まれだな?!

そんなこともないか。ごめんよ。

でも私にとっては小渕さんは小渕さん。もちろん首相になったこと忘れたわけじゃないよ。

「首相」より「平成の人」感

でも小渕さんと言えば「平成、です」と言って額縁に入った「平成」を掲げた姿が、昨日のことのように浮かぶのです。

昭和64年1月7日・新元号平成

スリの銀次もまさにそのシーンを再現しています。

いやー、これがまたねぇ……銀次の変装が似てるんですよ、小渕さんに。

おぶちさぁぁぁん! 一緒に「令和」迎えたかったね(´;Д;`)

死にましぇん男

これ、知らない人には本気でなんじゃこりゃ、って感じですよね。

「死にましぇん男」に扮した銀次のセリフはこちらです。

「TVドラマ
<101回目のプロポーズ>が
大ヒット!
僕は 死にましぇん!
お金を 半分奪うまで
死にましぇーん!」

死にましぇん男とは?

1991年(平成3年)にヒットしたテレビドラマ『101回目のプロポーズ』からのネタです。

武田鉄矢の演じる男性がバスの真ん前に飛び出して放つセリフが「僕は死にましぇん!」。

「喪男」のハシリ?!

今でいうところの「喪男」である彼は、99回お見合いして全て断られているというツワモノです。わるい人じゃなさそうなんだけど、確かにまぁ……断られるのも……いや、きっとでもいつかは……といった印象の男性を武田鉄矢がほんとにうまく演じていたものです。

で、彼が、浅野温子が演じるピアニストの女性に一目惚れ。でも彼女は元彼を交通事故でなくすという心の傷を抱えている。もう恋人を失うのはいやだ、と。

だからバスの前に飛び出しても死なない、つまり彼女を悲しませたりしない、ということを彼なりに証明するために「僕は死にません」と宣言したわけです。

by StockSnap from Pixabay

101回目のプロポーズ(Wikipedia)の説明によりますと、武田鉄矢が出身地の博多弁でセリフを言ったから「僕は死にましぇん」となったらしいです。

視聴者としては、というかさっきそれを調べるまで30年弱ずっと、

ほんといっぱいいっぱいで一世一代のパフォーマンスをしたもんだから「ぼっ、僕は死にましぇーん!」と噛み気味になっちゃった……

ってなところだろうと思ってました。なんてこった。

そういえば「めんたい星人」も……

あー、そういえば桃鉄でも博多で停まったときにあらわれる「めんたい星人」。

あの人(?)も、「たくしゃん食べてってね!」って言うもんね。

博多弁では「さしすせそ」が「しゃししゅしぇしょ」になりがちなのかな。

調べてみたら、ありました。ズバリ。

わー。なんかうれしい。

桃鉄からの〜、101回目のプロポーズからの〜、桃鉄。このメビウスの輪(意味不明)。

ともあれ。この「僕は死にましぇーん!」が、見事にネタになった。翌日は学校中で真似しまくりですよ。

って言いながらドラマ鑑賞時は感動して泣いてましたけどね。

西村由紀江さんのサントラ、美しいピアノ曲の数々も話題になりましたね。

by krvvitaliy from Pixabay

主題歌もチャゲアスの「SAY YES」。

もういろいろ揃いすぎてて視聴率上がるの当たり前じゃん! と今となっては思います。

音楽もパロディも思い出深い

バスに飛び出すシーンは、結構ギリギリでおぉすげぇと感じた思い出が。そしてNG集も楽しく観た思い出があります。あと、ウンナンの『やるやら』でのパロディ。あれは笑った……!

あの頃、SNSとかもなかったしね。家族みんなで夢中で観たものです。

今や死語化していると思われる「トレンディドラマ」の代表的な作品です。

日本人初の宇宙飛行士

えっ、日本人初の宇宙飛行士も平成になってからでしたっけ。

「日本人初の宇宙飛行士」に扮した銀次のセリフはこちら。

「日本人初の宇宙飛行士誕生!」
「へっへっへ! 地の果て
宇宙の果てまで どこまでも 
スリの銀次は現れますゼ!」

日本人初の宇宙飛行士とは?

1990年(平成2年)、秋山さんが日本人初の宇宙飛行士として宇宙へ飛び立ちました。

日本人初の宇宙飛行士 秋山豊寛

日本人初の宇宙飛行士、秋山さんが語る! 「私が選ばれた」真相(ウェザーニュース)によれば、秋山さんは当時TBSの社員さん。社内公募で500人の中から選ばれたそうです。選考のし直し、健康診断、訓練での体重減など紆余曲折を経て宇宙へ。当時の年齢は47歳とのこと! すごい! 

TVマンの鑑が生中継のために宇宙へ

秋山さんは上記ニュースの中で宇宙飛行士に応募した理由を次のようにおっしゃってます。

「宇宙から生中継するチャンスはめったにない。報道畑にいた私としては、視聴者と時間を共有する生中継がテレビの基本だと思っていましたから手を挙げました」

生中継するために宇宙飛行士になる。

テレビマンの鑑……すごすぎますね。

主人公の女の子(家なき子)

懐かしい!『家なき子』。

「主人公の女の子」に扮する銀次のセリフはこちらです。

「TVドラマ<家なき子>が大ヒット!
同情しなくていいから金をくれ! へっへっへ!」

ひどい。ひどすぎる(^◇^;)

「家なき子」とは?

「家なき子」は1994年(平成6年)に大ヒットしたテレビドラマです。

安達祐実さんがあの童顔で「同情するなら金をくれ!」と連呼していた……というより叫び続けていましたよね。

ものすごく印象に残ってます。あれは強烈でした。

オーバーオールみたいなのを着てた気がする。あと、ワンちゃんがいましたよね。いつも寄り添ってて。あのワンちゃんの表情がなんとも言えなかった……気がする……( ̄◇ ̄;)うろ覚えすぎる。

by Randy McGuire from Pixabay

今なら炎上必至?!

著作権の関係でドラマの画像は貼れないのですが一応ネットで確認してきますと……

同情するなら金をくれ!「家なき子」のいじめシーンが壮絶(dmenuTV)を読んで思い出しました。そうそう。安達祐実さんが演じていたのは「すずちゃん」でしたね。

家庭内暴力にいじめ……うわぁだんだん思い出してきた。壮絶でしたよね……。上記dmenuTVのコラムでも「今では規制がかかりそうな暴力シーンがほぼ毎話入っている」とのことですが、たしかに、今だったらSNS騒然で炎上してるかも……。

バブル期と「失われた10年」の間で

1994年(平成6年)というと、バブル期を象徴するようなトレンディドラマ全盛期から少し落ち着き、個性派ドラマが流行し始めた頃だと思われます。

その中でもかなり異色かつトガった作品でしたね。『家なき子』。

「失われた10年」の始まりを予感させるドラマとも言えると思います。

まだまだ続きますがいったんここでUPします!

てかね……銀次が出てこないんだよね……銀次の当たり年も来ないしね……

それはそれで普段のプレイ時ならラッキー♪てとこなんですけどね、せっかく平成振り返りしてるときくらい、もっと来ていいよ銀次。

それではまた近いうちに!

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